| 1930(昭和5)年 |
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6月15日 広島県豊田郡瀬戸田町に生まれる。 |
| 1945(昭和20)年 |
15歳 |
8月6日 学徒勤労動員先の広島陸軍兵器支廠で原爆に被爆。 |
| 1947(昭和22)年 |
16歳 |
4月、東京美術学校日本画科予科に入学。 |
| 1949(昭和24)年 |
19歳 |
10月、はじめて京都、奈良に写生旅行する。 |
| 1952(昭和27)年 |
21歳 |
東京美術学校日本画科を卒業、東京芸術大学美術学部日本画科副手に就任。主任教授は前田青邨で、以来前田青邨に師事する。 |
| 1953(昭和28)年 |
23歳 |
第38回院展に作品《家路》が初入選、以後入選を重ねる。 |
| 1955(昭和30)年 |
25歳 |
日本美術院院友に推挙される。 |
| 1959(昭和34)年 |
29歳 |
第44回院展に《仏教伝来》が入選。河北倫明氏の新聞評に取り上げられる。 |
| 1961(昭和36)年 |
31歳 |
第46回院展に出品した《入涅槃幻想》が日本美術院賞(大観賞)を受賞。 |
| 1962(昭和37)年 |
32歳 |
第47回院展に出品した《受胎霊夢》が日本美術院賞(大観賞)を受賞。
第1回ユネスコフェローシップにより、ヨーロッパへ留学。(10月〜翌年5月) |
| 1963(昭和38)年 |
33歳 |
第48回院展に出品した《建立金剛心図》が奨励賞(白寿賞・G賞)を受賞。 |
| 1964(昭和39)年 |
34歳 |
日本美術院同人に推挙される。
第49回院展に出品した《仏説長阿含経巻五》が文部大臣賞を受賞。 |
| 1965(昭和40)年 |
35歳 |
日本橋三越で第1回個展を開催。 |
| 1966(昭和41)年 |
36歳 |
東京芸大第1次中世オリエント遺跡学術調査団に参加、カッパドキアの洞窟修道院壁画の現状模写に従事する。 |
| 1967(昭和42)年 |
37歳 |
法隆寺金堂壁画再現事業に参加、第3号壁を担当。 |
| 1966(昭和43)年 |
38歳 |
初めてアフガニスタン、中央アジアを取材。シルクロードと仏蹟の取材は、以後毎年のように行われ150回以上となる。 |
| 1973(昭和48)年 |
42歳 |
東京芸術大学教授に就任。 |
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43歳 |
5〜6月、アレキサンダー大王東征路の考古学的調査団(団長江上波夫)に参加、アフガニスタンからトルコまで陸路シルクロードの遺跡を取材。
7〜8月、東京芸術大学イタリア初期ルネッサンス壁画学術調査団に参加、アッシジのサン・フランチェスコ寺院で壁画の模写に従事。
文化庁から高松塚古墳壁画の現状模写を委嘱される。 |
| 1974(昭和49)年 |
44歳 |
バチカン宮殿内現代宗教美術コレクションに、新作《古代東方伝教者》を寄贈。ローマ法王パウロ六世に拝謁、聖グレゴリオ騎士銀褒章を贈られる。 |
| 1975(昭和50)年 |
45歳 |
この年、長年の念願がかない、はじめて中国を訪問。 |
| 1976(昭和51)年 |
46歳 |
全国6都市で「平山郁夫シルクロード展」開催。
シルクロード展に発表された近作に対して、新潮文芸振興会から第8回日本芸術大賞を贈られる。
12月から翌年4月にかけて、テヘラン、バクダッド、ダマスカス、カイロ、イスタンブールで「平山郁夫
THE SILKROAD」展を開催。 |
| 1978(昭和53)年 |
48歳 |
第63回院展に出品した《画禅院青邨先生還浄図》が内閣総理大臣賞を受賞。 |
| 1979(昭和54)年 |
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3月、アテネの国立近代美術館で平山郁夫展開催、現地を訪問。 |
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49歳 |
9月、北京で平山郁夫展開催。はじめて敦煌莫高窟を見学する。 |
| 1983(昭和58)年 |
53歳 |
9月、第1次東京芸術大学敦煌学術調査団を率いて現地を訪問。(昭和63年まで三次にわたり実施) |
| 1986(昭和61)年 |
56歳 |
9月、はじめて楼蘭遺跡を取材。 |
| 1988(昭和63)年 |
57歳 |
東京芸術大学美術学部長に就任。 |
| 1988(昭和63)年 |
58歳 |
ユネスコ親善大使に任命される。 |
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1989(平成元)年 |
59歳 |
全国7都市で「“シルクロードの心”平山郁夫展」開催。
11月、日本楼蘭学術文化訪問団の団長として、中国新疆ウイグル自治区の楼蘭を訪問、遺跡を調査、取材。
東京芸術大学長に就任。 |
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1991(平成3)年 |
60歳 |
アンコール遺跡救済委員会の第1回アンコール遺跡調査団の団長としてカンボジアを訪問、アンコール遺跡視察、調査。 |
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61歳 |
パリのギメ国立東洋美術館で、『平山郁夫シルクロード展』開催。開会式の席上で仏コマンドール勲章を授与される。(終了後、ワシントンDC、北京、東京を巡回) |
| 1993(平成5)年 |
63歳 |
文化功労者として顕彰される。 |
| 1994(平成6)年 |
64歳 |
この年、全国21都市で「西から東へ30万キロ−平山郁夫シルクロード展」開催、14都市で「平山郁夫展−日本の美を訪ねて」開催、6都市で「平山郁夫『仏教伝来』展」開催。 |
| 1995(平成7)年 |
65歳 |
東京芸術大学長を退官。 |
| 1996(平成8)年 |
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日本育英会会長に就任。 |
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66歳 |
仏レジオン・ド・ヌール勲章を受章。
日本美術院理事長に就任。 |
| 1997(平成9)年 |
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故郷の広島県瀬戸田町に平山郁夫美術館が開館。 |
| 1998(平成10)年 |
68歳 |
文化勲章を受章。 |
| 1999(平成11)年 |
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フランス学士院 碑文・文芸アカデミー客員会員となる。
米スミソニアン協会より、ジェームズ・スミソン賞受賞。 |
| 2000(平成12)年 |
69歳 |
12月31日、構想三十余年、実制作期間二十年に及ぶ大作《大唐西域壁画》(奈良薬師寺玄奘三蔵院壁画)が完成。 |
| 2001(平成13)年 |
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3月、タリバンによるバーミアン大仏の破壊について各国美術館に呼びかけ、抗議声明を発表。春の院展に《バーミアン大石仏を偲ぶ》を急遽出品。 |
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71歳 |
8月、フィリピンのマグサイサイ賞(マグサイサイ財団)(国際理解部門)を受賞。
10月、国際文化交流に貢献した個人や団体に贈られる国際交流基金賞を受賞。
12月、東京藝術大学長に再任される。 |
| 2002(平成14)年 |
72歳 |
9月、中国政府から文化交流貢献賞を贈られる。 |
| 2003(平成15)年 |
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2〜3月、インド、パキスタンでそれぞれ日本との国交50年を記念する平山郁夫版画展「東西文化交流」が開催される。 |
| 2004(平成16)年 |
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1月、朝日賞(朝日新聞文化財団)を受賞。 |
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74歳 |
7月、1日、登録に尽力した高句麗古墳群がユネスコ世界遺産に登録される。 |
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12月、韓国の「修交勲章興仁章」を受章。 |
| 2005(平成17)年 |
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1月、日本橋三越新館で「平成の洛中洛外
平山郁夫展」が開催される。
3月、パキスタン訪問。パキスタン政府より「国際文明理解と調和の大使」および「タキシラ名誉市民」の称号を受ける。
4月、東京国立博物館特任館長に就任。 |
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75歳 |
12月、東京藝術大学長を退任。 |
| 2006(平成18)年 |
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3月、北京を訪問。日中友好協会の会長として胡錦涛主席と会見。 |
| 2007(平成19)年 |
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3月、アメリカ・カリフォルニア州ハンフォードのクラーク財団日本美術研究所の美術館で平山郁夫展開催。 |
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77歳 |
9〜12月、東京国立近代美術館と広島県立美術館で、「平山郁夫−祈りの旅路」展開催。 |
| 2008(平成20)年 |
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4月、北京の中国美術館で「平山郁夫芸術展」開催。 |
| 2009(平成21)年 |
79歳 |
12月2日 永眠。 |